アスリート

内村航平の幼少期からの生い立ちや経歴!家族構成・両親の情報も

男子体操界のスーパースター内村航平選手。

東京五輪の代表選手としても選出されており、日本の体操界のキングとも呼ばれる偉大な存在です。

そんな体操界のスター内村航平選手ですが、

・生い立ちやどういった経歴を持っているのだろう?

・家族構成や両親・兄弟の情報も気になる

と思っているあなたのために、

今回は内村航平の幼少期からの生い立ちや経歴や家族情報についてまとめてみました。

内村航平の生い立ちや経歴

それでは早速ですが、内村航平選手の生い立ちや経歴についてまとめてみました。

幼少期から高校、現在までどのような歩みを描いてきたのか確認してみましょう。

内村航平の幼少期

長崎県諫早市出身の内村選手ですが、生まれは福岡県北九州市です。

内村選手が3歳の時に長崎県諫早市に移り住んでいます。

そんな内村選手が体操に触れるようになったのは3歳頃からからだそうです。
両親ともに体操選手という家庭で育った内村選手。

父親の和久さんは内村選手が3歳頃に移り住んだ長崎県諫早市で体育館を利用し「スポーツクラブ内村」という体操クラブを経営し始めました。

その体操クラブで遊ぶようになったことから内村選手は体操を始めていきます。

渡名喜風南の小学生〜中学時代

長崎県諫早市立みはる台小学校に通っていたようです。
3歳から体操に触れ始めた内村選手は幼少期のほとんどを体操場で過ごしました。
トランポリンや床で飛んだり跳ねたり遊びまわっていた内村選手はいつの間にか体操競技をするようになっていました。

小学校1年生の頃に初めての大会に出場しましたが、緊張した内村選手は技に失敗し最下位となってしまいました。
悔しかった内村選手は更に練習に励みました。
放課後は友達と遊ばず体操場に一直線に向かい練習ばかりしていました。
ノートには技をイメージした絵を沢山書いていたり、消しゴムやぬいぐるみを用いてイメージトレーニングなどもしていた内村選手。
小学校時代からかなりの努力家だったことが分かりますね。

11歳の誕生日にトランポリンが欲しいと言った内村選手のために両親は海外から体操に使えるトランポリンを輸入し体操クラブに置いてくれました。
そのトランポリンで内村選手は多くの技の練習に励みました。

小学校時代は大きな実績は残していないようです。

その後、内村選手は
長崎県諫早市立諫早中学校に進学しました。

中学校は地元の学校に通っていた内村選手。
意外にも中学校時代の内村選手は秀でて体操が上手いというわけではなく、至って普通の選手でした。
周囲の選手と比較すると覚えが遅かったようです。
中学校3年生のときに出場した全国大会では個人総合42位という結果でした。
内村選手は悔しいという気持ちよりも出場できて嬉しかったという気持ちが強かったようです。
また、同時期には海外の大会にも挑戦し始めていました。

高校は東京都にある東洋高等学校へ進学します。

スポンサーリンク

内村航平の高校時代〜世界王者になるまで

中学校当時は平凡な選手だった内村選手は体操が上手くなりたいという強い思いを抱き上京します。
そして、高校進学後は高校の体操部ではなく朝日生命体操クラブで練習に励みました。
朝日生命体操クラブを選んだ理由としては、内村選手の憧れである塚原直也選手が在籍していたからです。
塚原直也選手はアテネオリンピック団体総合の金メダリストです。

内村選手は高校2年生頃から少しずつ体操選手としての才能を発揮し始めます。
そして、高校3年生になった内村選手は
全日本ジュニアの個人総合で優勝し多くの注目を集めました。

その後も内村選手は高校総体の個人総合1位という結果を残しています。

高校時代に輝かしい実績をつくりあげた内村選手は日本体育大学からのスカウトを受けます。

高校を卒業した内村選手はスカウトを受けた日本体育大学へ進学します。
体操のスポーツ推薦で進学しています。
大学生になった内村選手は日本体育大学の体操部で練習を重ねます。
日本体育大学体操部は内村選手の父親も在籍していたそうです。

大学入学後も内村選手の活躍は止まらず、2008年の北京五輪団体・個人の両方で銀メダルを獲得します。
10代でオリンピックのメダル獲得という快挙を果たします。
他にも数多くの大会に参戦しては表彰台にのりメダルを獲得しています。

大学卒業後の2012年に行われたロンドンオリンピックでは個人総合で1位となり金メダルを獲得します。
小学校時代から体操に触れてきた内村選手はとうとう世界王者になります。

また、北京五輪で銀メダルを獲得した2008年の第62回全日本選手権でも優勝しています。
全日本選手権は2008年から2017年まで個人総合10連覇、同じくNHK杯も2009年から2018年まで個人総合10連覇しています。
内村選手は世界選手権でも2009年から2015年まで個人総合6連覇という偉業を成し遂げています。

内村航平の現在

現在、内村選手は2021年3月から「ジョイカルジャパン」と所属契約を交わしています。

2016年のリオデジャネイロ五輪後にプロ選手となった内村選手は2017年3月から「リンガーハット」と2021年末までの所属契約を結んでいたがコロナウイルスなどでの業績悪化により2020年末で契約終了となっていました。

ジョイカルジャパンとは2017年からスポンサー契約を結んでいたようです。

学生時代や大学卒業後には大きな負傷はしていなかった内村選手ですが、2017年には競技中に負傷、2018年にも大会前の練習中に負傷し多くの大会への出場を断念しています。

また、2019年には肩を負傷するなど東京五輪を迎える前に多くの怪我と戦ってきた内村選手。

リハビリをしながら大会に出場するなどして五輪の出場権を獲得しています。

現在、32歳の内村選手。

体に大きな負荷のかかる体操競技において年齢的にも最後の大会となる可能性もあります。

そして、迎えた東京五輪では、鉄棒で落下してしまい、まさかの予選敗退となってしまいました。

今後はその他のチームメンバーのサポートに回るかと思いますが、内村選手の存在は日本代表にとっても精神的支柱ですし、本人は悔しいと思いますが、他の選手の背中を押してくれるでしょう!

スポンサーリンク

内村航平の家族構成や実家の情報

ここで、内村航平選手の気になる家族構成や実家の情報についても調べてみました。

内村航平の両親・兄弟(姉妹)・家族構成

内村選手は4人家族だそうです。

家族構成としては、

・父:内村和久さん
・母:内村周子さん
・兄:内村航平選手
・妹:内村春日さん

父親の和久さんは日本体育大学体操競技に在籍していました。
また、高校時代には高校総体の種目別で優勝したことがあります。

内村選手だけでなく和久さんも体操のスペシャリストだったんですね。

そして、母親の周子さんも体操選手でした。
両親ともに体操をしていたということから内村選手は体操界のサラブレッドともいえますね。

内村選手が3歳の頃に父親の和久さんは長崎県諫早市で「スポーツクラブ内村」という体操クラブを経営していたそうで、内村選手が体操を始めたのも和久さんの体操クラブからです。

妹の春日さんも体操選手でした。
高校時代には全日本選手権の個人総合で優勝するほどの実力でした。

内村選手だけでなく、家族全員が体操のスペシャリストだったようです。

体操のことをよく知っている両親や妹さんから多くのサポートを受けていたことでしょう。
こうした家族のサポートも、内村選手の強さの秘密かもしれませんね。

内村航平のプロフィールと戦績

名前 内村航平(うちむら・こうへい)
生年月日 昭和64(1989)年1月3日
身長 162cm
体重 55kg
出身地 長崎県諫早市(出生地:福岡県北九州市)
出身校 諫早中学校-東洋高校(東京都)-日本体育大学
所属 ジョイカル
体操歴 3歳~
好きな食べ物 バナナ、チョコレート
好きな色
主な獲得タイトル

(2018年以降)

第48回世界体操競技選手権大会(ドーハ)鉄棒銀メダル、団体銅メダル(2018)

第51回全日本シニア・マスターズ体操競技選手権大会 個人総合優勝(2018)

第72回全日本選手権 個人総合優勝(2018)

第57回NHK杯 個人総合優勝(2018)

第74回全日本体操種目別選手権・鉄棒優勝(2020)

内村選手の一番の思い出に残る大会は、全日本種目別選手権準優勝です。

今回の東京五輪の代表内定が決まっていなかった内村選手は開催された代表選考会を兼ねた全日本種目別選手権に今年6月に出場した。

内村選手が代表入りをかけて出場したのは大学時代の北京五輪以来でした。
結果としては0.001点という超僅差での代表入りを果たした内村選手。

「着地は絶対に止めなければと思った」と答えており、その言葉通り着地に失敗していたら代表入りを逃していました。
東京五輪に大きな目標を設定していた内村選手にとって重要な大会となりました。

内村航平のプレースタイルや世間の声

成績もさることながら、プレースタイルもかなり人気なようで、

SNS上では内村選手への多くのコメントが見られました。

内村選手自身も試合を見るときに見てほしいポイントとしては、

安定した演技と綺麗な着地

です。
多くの大会で活躍してきた内村選手ですが、その演技の安定感はとても高いです。
高難度の技を難なく決める姿は多くのメディアでも取り上げられています。
また、内村選手といえば着地の綺麗さです。
東京五輪代表を分けたのも着地による減点が影響していました。
その安定感は凄まじく内村選手は完璧な着地を見せ代表入りを決めています。

スポンサーリンク

まとめ

今回は、「内村航平の幼少期からの生い立ちや経歴、家族構成についてまとめてみました!

最後に要点をまとめますと、

・体操を始めたのは両親と環境による影響。

・小学生時代から体操に夢中だった。

・アテネオリンピック団体総合の金メダリスト塚原直也選手に憧れて上京した。

・家族構成は妹1人の4人家族。

幼いころから大の体操好きで努力家の内村選手ですが、多くの怪我とも戦ってきました。

それでも諦めることなく東京五輪への切符を手にしました。
こうした折れない心もまた世界一の秘訣かもしれませんね!

それでは、ご覧いただきありがとうございました。