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新井千鶴の幼少期からの生い立ちや経歴!家族構成・両親の情報も

2021年東京オリンピック女子柔道70㎏級の代表の新井千鶴選手。

2018年の世界大会で優勝するなど、日本の柔道界を牽引する女子柔道界のエースです。

そんな女子柔道界のスター新井選手ですが、日本柔道界のエースとして活躍するまで、そして、さまざまな苦悩や葛藤があったようです。

そんな新井選手の

・生い立ちやどういった経歴を持っているのだろう?

・家族構成や両親・兄弟の情報も気になる

と思っているあなたのために

今回は新井千鶴の幼少期からの生い立ちや経歴や家族情報について
まとめてみました。

新井千鶴の生い立ちや経歴

それでは早速ですが、新井千鶴選手の生い立ちや経歴についてまとめてみました。

幼少期から高校、現在までどのような人生を送ってきたのか確認してみましょう。

新井千鶴の幼少期

埼玉県大里郡寄居町で生まれた新井選手。

幼稚園のときはサッカーに取り組んでいたそうです。

そして、3歳年上の兄が柔道を勧められたときに、自分もやってみたいということで近所にある男衾柔道クラブへ入門しました。

しかし、このときは年上の女子部員たちに囲まれたことを怖がってしまい、わずか1日でやめてしまいました。

新井千鶴の小学生~中学時代

クラブの指導者に促されたこともあり、新井選手は小学1年生のときに再入門しました。

そんな阿部選手ですが、中学時代はほかに女子部員がいなかったため、大人とけいこしたり高校に行って稽古を申し込んだりと、がむしゃらに練習を行っていたそうです。

このときの練習から、自分で考えて練習に取り組むという姿勢が身に付いたそうです。

また、中学3年の時には関東大会で3位という成績を治めます。

中学生のときからすでに頭角を現していたんですね。

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新井千鶴の高校時代~東京オリンピックの代表選手に選ばれるまで

 

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新井千鶴選手は中学2年から指導を受けていた柏又洋邦が柔道部監督を務めていた児玉高校に進学しました。

そして、なんと1年の時には57kg級でしたが、3年になると70kg級まで階級を上げました。

柏又洋邦さんは、新井選手の両親がとも長身で兄も100kg超級の選手だったことから、本人も成長をするだろうと考え、型にはめずに練習するように指導していたそうです。

その結果、3年の時に関東高校柔道大会70kg級でオール一本勝ちでの優勝を治めました。

さらに、この試合の後には三井住友海上監督の柳沢久とコーチの上野雅恵にスカウトをされました。

そして、新井選手は柔道だけでなく学業の方も優秀だったそうです。

高校時代は学業において3年間オール5の成績を収めていました。

毎日柔道の練習をしながら学業でも素晴らしい成績を取っていたのは素晴らしいですよね。

2012年からは三井住友海上所属となった新井選手。

高校時代の練習とは比べ物にならないくらいきつかったそうですが、その練習の成果もあり、その年のジュニアカップでは優勝を飾りました。

さらに、ワールドカップ・チェジュではシニアの国際大会初優勝を飾りました。

そして、9月の全日本ジュニアでは3位、11月の講道館杯では高校1年ながら3位入賞を果たしました。

その後も新井選手の勢いは止まりません。

2013年9月の全日本ジュニアでは決勝で筑波大学の古谷を破って優勝を治めます。

また、2014年のグランプリ・デュッセルドルフでは3回戦で敗れたものの、敗者復活戦を勝ち上がって3位という成績を治めます。

さらに、2015年のヨーロッパオープン・ソフィアではオール一本勝ちでの優勝を飾りました。

続くグランプリ・デュッセルドルフでもドイツのサンドラ・ディートリヒを有効で破って優勝を治めます。

しかし、8月の世界選手権で準決勝でフランスのジブリズ・エマヌとの対戦で敗れ、3位決定戦に臨んだものの、フランスのポスビトに谷落で敗れて5位という結果になりました。

新井選手はこのとき、

力不足で負けたというしかない。やってきたことは出せたが、結果が出なかった。最低でも銅メダルは欲しかった。リオ五輪の代表に必ずなるという思いでやる。

と述べました。

そして、その後に行われた世界団体の決勝のポーランド戦では勝利を治め、チームのゆうy層に貢献しました。

さらに、12月に行われたグランドスラム・東京では今大会2年ぶり2度目の優勝を飾りました。

2017年のグランドスラム・パリの決勝では縦四方固で破って優勝しました。

8月の世界選手権では、決勝ではプエルトリコのマリア・ペレスに送襟絞で一本勝ちして優勝を治めます。

この階級の日本選手としては、2003年の世界選手権で優勝した上野雅恵以来の世界チャンピオンになったのです。

また、世界選手権での優勝が評価され、新井選手の地元である寄居町より町民栄誉賞が授与されました。

2018年6月の実業団体では、コマツ戦で1階級下の田代未来に支釣込足で逆転勝ちして、チームの年ぶり8度目の優勝に貢献しました。

さらに、11月のグランドスラム・大阪では、決勝でアンナ・ベルンホルムを技ありで破って3度目の優勝を飾りました。

これら結果から、規定により2019年の世界選手権代表に内定しました。

そして、2年連続で世界ランキングの年間1位となったため、IJFから1万ドルが授与され

そして、その後に開かれた強化委員会で強化委員全員の満場一致により、東京オリンピック代表が内定しました。

2020年のグランドスラム・デュッセルドルフではベルギーのガブリエラ・ウィレムス破って優勝しました。

これらの結果を踏まえて、その後に開かれた強化委員会では、強化委員全員の満場一致により、東京オリンピック代表が内定しました。

ぜひ、東京オリンピックでも悔いの残らない戦いをしてほしいですね。

新井千鶴の現在

これまでもさまざまなプレッシャーや結果の出ない日々に悩まされてきた新井選手。

そんな新井選手はインタビューで、

相手も私を研究しているので、変化していくことが必要。一気に全部を変えるのは難しいですが、少しずつ変えていきたいですね。もちろん、攻めパターンを増やしたり、相手を研究したりといった、基礎的な部分も怠らずにやっていきます。

と述べています。

さらなる飛躍が見られることを期待しましょう!

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新井千鶴の家族構成や実家の情報

ここで、新井千鶴選手の気になる家族構成や実家の情報についても調べてみました。

新井千鶴の両親・兄弟(姉妹)・家族構成

新井千鶴選手は4人家族だそうです。

家族構成としては、

・父:新井?さん
・母:新井?さん
・兄:新井?さん
・妹:新井千鶴選手

お父さん、お母さんは一般の方のため、残念ながらくわしい情報はでてきませんでした。

ちなみに、水谷選手のお兄さんは元柔道100kg超級の選手だったそうです。

兄が元柔道選手ということで衝突をすることもあったと思いますが、経験者だからこそ分かり合える瞬間やサポートに努めていたそうです。

こうした家族のサポートも、新井選手の強さの秘密かもしれませんね。

新井千鶴選手のプロフィールと戦績

名前 新井千鶴(あらい・ちづる)
生年月日 1993年11月1日
身長 172cm
体重 70kg
出身地 埼玉県大里郡寄居町
出身校 児玉高校
所属 三井住友海上
主なタイトル
(2019年以降)
グランドスラム・バクー優勝(2019年)
実業団体2位(2019年)
世界団体2位(2019年)
グランドスラム・大阪 3位(2019年)
ワールドマスターズ 3位(2019年)
グランドスラム・デュッセルドルフ優勝(2020年)
グランドスラム・タシケント優勝(2021年)
グランドスラム・カザン 3位(2021年)

新井千鶴のプレースタイルや世間の声

新井千鶴選手は成績もさることながらプレイスタイルも人気なようです!

新井選手は、過去のインタビューで以下のように語っています、

2016年は調子を崩してしまいましたが、2017年は柔道グランドスラム・パリや柔道グランプリ・デュッセルドルフ、アスタナ世界柔道選手権大会で優勝するなど、好調を維持できています。過去の自分は勢いに頼って戦っていましたが、今は自力で勝てている気がしますね。たくさんの経験を経て、技術、フィジカル、そして心が育ったと感じています。

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まとめ

今回は、新井選手の幼少期からの生い立ちや経歴、家族構成についてまとめてみました!

最後に要点をまとめますと。

・柔道を始めたのは兄の影響

・中学3年の時に関東大会で3位

・高校時代は学業において3年間オール5

・家族構成は兄1人の4人家族

中学生の頃から活躍している新井千鶴選手ですが、プレッシャーや思うように結果が出ないなどさまざまな試練にも立ち向かってきました。

こうした折れない心や家族の支えもまた世界一の秘訣かもしれませんね。

今夏の東京オリンピックがより楽しみになりそうな予感で、今後の新井選手の活躍にもぜひ注目してください。

それでは、ご覧いただきありがとうございました。