【バスケ 日本代表】渡邊雄太の幼少期からのプロフィールや経歴       

【バスケ 日本代表】渡邊雄太の幼少期からのプロフィールや経歴  

2023年8月25日から始まるFIBA バスケットボール ワールドカップ 2023。今大会、二人の日本人NBAプレーヤーのうち、八村塁選手は出場を辞退していますが、渡邊雄太選手の出場は決まっています。そこで今回は、NBA・フェニックス・サンズ所属の渡邊雄太選手についてまとめます!

目次

渡邊雄太(わたなべ ゆうた)選手のプロフィール

  • 生年月日:1994年10月13日
  • 年齢:28歳
  • 出身地:香川県木田郡三木町
  • 身長:206cm
  • 血液型:A型
  • 出身校:ジョージ・ワシントン大学
  • 所属:フェニックス・サンズ
  • ポジション:スモールフォワード/パワーフォワード

渡邊雄太選手の経歴

三木町立平井小学校時代

父親は実業団の熊谷組、母親はシャンソン化粧品の元選手で日本代表のキャプテンを務め、姉もWリーグの元選手というバスケ一家に生まれる。赤ちゃんの頃から両親が所属するクラブチームが練習する体育館に連れられ、歩き出す頃にはボールを転がして遊んでいたそうです。

そして小学1年生で、母親がコーチの三木スポーツ少年団で本格的にバスケを始めました。小学2年生の頃から「NBA選手になりたい」と口にするようになり、父親の指導の下、体力や基本技術を徹底的に身に付けました。

高松市立牟礼中学校時代

中学2年生の時には香川県選抜チームに選出され、第22回都道府県対抗ジュニアバスケットボール大会に出場しました。

中学時代、渡邊雄太選手は成長痛に苦しめられ、当時は階段の上り下りは手すりがないときつく、本当に大変だったとのこと。そして中学を卒業する頃には身長が192cmになったそうですよ。

尽誠学園高等学校時代

高校はプロ選手を多く輩出し、高知の強豪校である尽誠学園高等学校に進学。1年生からスタメンとして全国大会にも出場。2011年と2012年の2年連続準優勝となった全国高等学校バスケットボール選抜優勝大会では、大会ベスト5に選出されています。

高校2年生の4月には16歳で高校生初の日本代表候補に選出され、8月に行われたウィリアム・ジョーンズカップに出場。こういった経験が海外志向をさらに強め、高校3年生の春にはアメリカ留学を決意していました。

ジョージ・ワシントン大学時代

高校卒業後、9月からコネチカット州にあるセント・トーマス・モア・スクール(大学進学準備コースがある学校)に通い、NCAA1部の大学を目指す。同校でプレーした2013-14シーズン、チームのナショナルプレップチャンピオンシップ準優勝に大きく貢献。そして2014年2月、NCAA1部のジョージ・ワシントン大学への進学が決まりました。

2014-15シーズン

NCAAデビューは、2014年11月14日の対グランブリング州立大学でした。12月にハワイで開催されたダイヤモンドヘッド・クラシックの決勝では逆転スリーポイントを放つなどの活躍を見せ、格上のウィチタ大学を倒しての優勝に貢献。渡邊雄太選手の活躍はメディアにて徐々に注目されるようになり、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストなどに渡邊雄太選手の特集記事が掲載されるほどでした。

2015-16シーズン

このシーズンもチームの主力として活躍。シーズンを通じて全38試合に出場し、8.4得点、4.0リバウンド、1.4アシスト、1.1ブロックを記録しました。チームはNCAAトーナメント進出は果たせませんでしたが、NIT(National Invitation Tournament)で優勝しています。

2016-17シーズン

シーズン序盤にふくらはぎを負傷するも、7試合欠場を除いては主力として活躍。このシーズンもNCAAトーナメント進出は叶いませんでしたが、A-10カンファレンスのオール・ディフェンシブ・チームに選ばれています。

2017-18シーズン

大学ラストイヤーのシーズンは、チームのキャプテン(3人のうち1人)に就任。チームのエースとして、得点、リバウンド、ブロック数はチームトップを誇り、A-10カンファレンス最高クラスの2ウェイプレーヤーと評されました。

A-10カンファレンスのディフェンシブ・プレイヤー・オブ・ザ・イヤーを同大学の選手としては初めて受賞した他、オールディフェンシブチームおよびオールサードチームにも選ばれました。

メンフィス・グリズリーズ時代

大学卒業後、ブルックリン・ネッツのメンバーとしてNBAサマーリーグに参加。2018年7月20日、グリズリーズとツーウェイ契約を結び、10月5日、アトランタ・ホークス戦でNBAプレシーズンゲーム初出場を果たす。渡邊雄太選手のダンクと3ポイントはNBA公式が選出するプレシーズンゲームの新人ベストプレーにも選ばれました。

2018-19シーズン

シーズン開幕後、5試合目のフェニックス・サンズ戦で初めてNBA出場選手登録され、4Qで途中出場。田臥勇太さん以来14年ぶり二人目となる日本人NBAプレーヤー誕生となりました。

その後は、自己最多かつ日本人初となる1試合で10得点記録や、公式戦で日本人初のダンクを決めるなどの活躍。このシーズンは最終的にNBAで15試合に出場。2.6得点、2.1リバウンド、0.5アシストなどを記録しました。

2019-20シーズン

シーズン開幕後は下部組織・メンフィス・ハッスル(Gリーグ)で40得点を記録するなどエースとして活躍。

しかしNBAでは自身と同じポジションに有望な若手が増えたことで、渡邊雄太選手は勝敗が決まった第4Qから出場する場面が多くなります。3月には新型コロナウイルスの影響でシーズンが中断し、7月末に再開するも渡邊雄太選手は2試合の出場に留まりました。シーズン終了後にFAとなります。

トロント・ラプターズ時代

2020-21シーズン

シーズン開幕前にトロント・ラプターズのトレーニングキャンプに招待され、12月1日に同チームとエキシビット10契約、その後プレシーズンゲームを経て、12月20日にツーウェイ契約を結ぶ。シーズン開幕後は下部組織のラプターズ・905 でプレーしながら、NBAでも最大50試合に出場可能という条件でした。

移籍後初出場は2021年1月1日のニューヨーク・ニックス戦。NBAキャリアで初めての先発出場は3月4日のデトロイト・ピストンズ戦となりました。

2021-22シーズン

左ふくらはぎ痛により、開幕後は19試合目のメンフィス戦で復帰。12月13日のサクラメント・キングス戦では、12得点とキャリアハイの11リバウンドを記録し、NBAキャリア初のダブル・ダブルを記録しました。

ラプターズはプレーオフに進出し、渡邊雄太選手はシクサーズ戦でプレーオフ初出場。チームは2勝4敗で敗退しシーズンを終える。シーズン終了後にFAとなりました。

ブルックリン・ネッツ時代

2022年8月28日に、過去にサマーリーグに参加したブルックリン・ネッツと無保証のトレーニングキャンプ契約を結ぶ。開幕前のプレシーズンマッチで結果を残した渡邊雄太選手は、開幕ロースター入りを果たしました。

昨シーズンは、シーズン中に一時は3ポイントシュート成功率でリーグトップに立ち、最終的には3P成功率44%の高い数字を残しました。NBA5年目、ベストのシーズンとなりました。

フェニックス・サンズ時代

2023年7月4日にNBAのフェニックス・サンズと契約。契約内容は、「プレーヤーオプション」付きで2年500万ドル(約7億2000万円)。渡邊雄太選手は10チーム以上から声が掛かっていたそうで、その中でも熱量があり、かつてのチームメイトであるケビン・デュラント選手がいるサンズで来季はプレーすることを決めました。

渡邊雄太選手の日本代表歴

U-18日本代表

  • 2011年2月:U-18日本代表候補
  • 2012年8月:第22回FIBAアジアU-18選手権出場

日本代表

  • 2011年4月:ウィリアム・ジョーンズカップ出場
  • 2012年7月:台湾との親善試合でベンチ入り
  • 2013年5月:第3回東アジア選手権、第27回アジア選手権出場
  • 2016年7月:リオデジャネイロオリンピック世界最終予選出場
  • 2018年9月:2019年FIBAW杯中国大会・アジア2次予選出場
  • 2021年7月:東京オリンピック出場
  • 2022年7月:FIBAアジアカップ2022出場

まとめ

今回は、FIBAバスケットボールワールドカップ2023の男子日本代表候補である渡邊雄太選手のプロフィールや経歴をまとめてみました。バスケ一家で育ち、家族の理解、サポートのもと「NBA選手」という夢を掴んだ渡邊雄太選手。しかし挑戦はまだまだ続きます。渡邊雄太選手のフェニックス・サンズでの活躍や、今月末に開幕となるW杯での活躍に注目です!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次