【ゴルフ男子】比嘉一貴選手の幼少期からのプロフィールや経歴 

【ゴルフ男子】比嘉一貴選手の幼少期からのプロフィールや経歴

2022年の国内男子賞金王で、現在は欧州男子(DPワールド)ツアーに挑んでいるプロゴルファーの比嘉一貴選手。158cmという小柄な比嘉一貴選手の国内外での活躍に、大きな注目が集まっています。

そこで今回は、「史上最も小柄な賞金王」と言われている比嘉一貴選手の幼少期からのプロフィールや経歴についてまとめてみました。

目次

比嘉一貴(ひが かずき)選手のプロフィール

  • 生年月日:1995年4月23日
  • 年齢:27歳
  • 出身地:沖縄県うるま市
  • 身長:158cm
  • 体重:70kg
  • 血液型:B型
  • 出身校:東北福祉大学
  • 所属:フリー

比嘉一貴選手の経歴

うるま市立兼原小学校時代

幼少期はハンドボールに夢中だったという比嘉一貴選手。そんな比嘉一貴選手がゴルフに出会ったのは10歳の時です。

小学校の振替休日で、ハンドボールの練習もオフだった日、父親に連れられ近くのゴルフ場を訪れました。セルフプレーをする父に「カートで見てな」と言われ、1番ホールを見学。続く2番ホールでは「僕も!」とボールを打たせてもらいました。その時の爽快感は「雷に打たれたような衝撃」だったそうです。空振りすることもなく、ドライバーとパターの2本のクラブで100切りも達成。

そしてその日の夜、比嘉一貴選手は両親に「プロゴルファーになります!」と宣言しました。このことについては、両親も戸惑ったはずと比嘉一貴選手は語ります。

父親はサラリーマンという一般家庭で育った比嘉一貴選手。沖縄から九州、全国への遠征費は家計を圧迫します。そのため、少しでも家族への負担を減らそうと、比嘉一貴選手は小学生の頃から一人で県外の遠征に行っていたそうです。

全日本小学生ゴルフトーナメント決勝大会(団体)で優勝、沖縄県民ジュニアゴルフ選手権で優勝、九州小学生ゴルフ選手権大会で3位など、どんどん頭角を現していきました。

うるま市立具志川中学校時代

男子プロゴルファーの中でも小柄な比嘉一貴選手ですが、中学時代はジュニアの中でも高身長の部類だったといいます。

 

中学時代には、チャレンジゴルフ中学生大会をはじめ、インターナショナルジュニアゴルフツアー日本大会、全国小中学生ゴルフ選手権伊江島大会など数々の大会で優勝を果たしています。

沖縄県立本部高等学校時代

高校は、ゴルフの強豪校である本部高校へ進学。寮生活も始まりました。高校1年生にしてプロツアーであるANAオープンに初出場し、予選落ちしたものの、本選に繋がるマンデートーナメントでプロを抑えてトップ通過を果たしました。

また高校時代には、宮里3兄妹の父である優さんの指導も受けます。

しかし、そんな比嘉一貴選手に予想外の宣告が…。

2年生時にはナショナルチームにも選抜された比嘉一貴選手ですが、怪我した足の治療のために訪れた病院で、レントゲン写真を見た医師に「身長止まったでしょ?」と告げられます。骨端線という身長の伸びしろになるものがもう消えていました。

身長を伸ばすために、牛乳を毎日飲み、何度も背が伸びるといわれているサプリメントを試し、朝起きて枕元に置いてある懸垂用の鉄棒に5分ほどぶら下がるなど、身長を伸ばす努力を続けてきた比嘉一貴選手。医師から「もう伸びない」と言われ、相当なショックを受けたそうです。

しかし、プロゴルファーになってプロツアーで勝つ夢を諦めなかった比嘉一貴選手は、2年時に出場した日本アマチュアゴルフ選手権で準優勝、3年生時の全国高等学校ゴルフ選手権大会春季大会では優勝するなど、着々と実績を積んでいきました。

東北福祉大学時代

プロ転向は高校卒業後と考えていた比嘉一貴選手ですが、体育の授業のバスケットボールで指の骨を骨折。日本ツアーの出場権を争う予選会の欠場を強いられ、東北福祉大学ゴルフ部の阿部靖彦監督に拾ってもらう形で同大学に進学します。

同大学ゴルフ部は松山英樹選手の他、谷原秀人選手、池田勇太選手など、多くのプロゴルファーを輩出しています。

高校時代に医師から「背が伸びない」と言われてからは、筋力トレーニングにも力を入れるようになり、大きな体幹を作り上げました。

同大学在学時の2014年には日本アマチュアゴルフ選手権で準優勝。2015年夏季ユニバーシアード(韓国・光州)では個人・団体ともに金メダルを獲得。

2016年の日本アマチュアゴルフ選手権では3年連続での準優勝、日本オープンゴルフ選手権競技では、ローアマチュアを獲得し、同大会優勝者で大学の先輩でもある松山英樹選手と共に表彰されました。

 

2017年は、ネイバーズトロフィーチーム選手権で個人・団体ともに優勝を飾り、夏季ユニバーシアード(台湾・台北)では個人で銀メダル、団体で金メダルを獲得。そして、この年にプロ転向を果たします。

プロ転向後

プロに転向したものの、クォリファイングトーナメント(QT)はスコアカードに誤記があり、サードで失格処分を受けます。

日本ツアーの道を閉ざされてしまった比嘉一貴選手は、戦いの場を求めて海を渡りアジアンツアーに挑みます。2018年、2019年と下部ツアーで優勝。

2019年、国内のKBCオーガスタゴルフトーナメントでは、大会記録を更新する通算26アンダーでツアー初優勝を飾りました。

2021年、長嶋茂雄Invitational セガサミーカップゴルフトーナメントでは、通算20アンダーで優勝。日本ツアー2勝目を挙げました。

2022年、BMW 日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップでは、最終日に逆転し、国内メジャー初優勝を果たしました。そして、2022年男子ゴルフ賞金王に輝き、「史上最小の賞金王」と大きな話題を呼びました。

これまでにプロ通算6勝を記録。詳細は下記の通りです。

開催月大会名スコア2位との差
2018年8月KBCオーガスタ−26 (262)5打
2021年8月長嶋茂雄 Invitational セガサミーカップ−20 (268)2打
2022年4月関西オープンゴルフ選手権競技−14 (270)1打
2022年6月BMW日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ−12 (272)1打
2022年9月新韓東海オープン−12 (272)2打
2022年11月ダンロップフェニックストーナメント−21 (263)3打

2023年、日本ツアー賞金ランク1位資格でDPワールド(欧州)ツアーの出場権が与えられ、ヨーロッパに主戦場を移します。2023年2月5日のラスアルハイマ選手権(アラブ首長国連邦)では、通算6アンダーの282で36位タイ、2月19日のタイクラシックでは、通算14アンダーの274で11位で終わります。

しかし、2月26日のヒーローインディアンオープンでは、優勝争いに加わり、通算8アンダーの280で4位の成績を収めました。

まとめ

今回は、2022年の国内男子賞金王、男子プロゴルファーの比嘉一貴選手の幼少期からのプロフィールや経歴についてまとめてみました。

他の選手との体格の差を、練習と筋力トレーニングで乗り越えてきた比嘉一貴選手。成績だけ見ると順風満帆なアマチュア時代のように見えますが、おそらく並々ならぬ努力を積み重ねてきたのだと思います。

小さな巨人・比嘉一貴選手がゴルフ4大メジャー大会で優勝するのを是非見てみたいです。今後の比嘉一貴選手の活躍を期待しています!

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